最近読んで感激した本
先ず、本のタイトルと著作者の名を紹介する。
タイトル【いのちの日記】柳沢桂子著。
あたしが彼女に対し近親感を持ったのは、彼女が東京出身であることと、あたしの現在住んでいるA県で、いつも出かける県庁所在地N市にも一時住んでおられたという履歴があることだ。でもそんな単純な話しで近親感をもった訳ではない。彼女の思想に惹かれ、教えられ、凄いひとだなと言う親近感というよりは、私にとっては最高の尊敬の念を持つことの出来る畏敬のひとだからだ。
簡単な履歴の一部を紹介しよう。(勿論巻末の自筆年譜による)
1938年東京生まれ。1950年名古屋 名城小学校卒業。1958年、お茶の水女子大理学部卒業後の58年に国際基督大助手柳沢嘉一郎氏と結婚、60年コロンビア大学動物学部大学院入学、63年コロンビア大学より遺伝学専攻で博士号授与。
1989「いのち」とはなにか-生命科学への招待}講談社
1993年「卵が私になるまで-発生の物語」講談社、等々幾多の著作。2005年、著作「生きて死ぬ知恵」でベストセラーランキング第一位。
彼女は七年間の専業主婦されたところで、1975年頃、自宅から三十分ほどのところにある三菱化成の研究所(田町市)に就職されたが、77年9月頃、子宮内膜症で手術をされた。以降、病気がちで、度々発病に悩まされたが、1990年、あるドクターがカルテに【シャイ・ドレーガー症候群】と書き込むのを彼女が垣間見てしまった。それがどういう意味かと言うことを彼女は知っていた。つまり、この種の病気は直せない病気で死に至る確率の高いものなのだと言うことを。
やがて彼女は宗教について、科学的思考、つまり、心理学、哲学、生物学、発生学などなどの学問から扉を開け始め、人々の心が悟りを感得するメカニズムを解明するようになっていく。意識が進化してくると神なき神の時代にはいることが出来ると言うことを体験し始める。
彼女は俳人でもあるのだけれど、神は脳の中にあるとし、次のような句を詠っている。
今生に癒ゆることなき身となりて冬の野をゆく風を見ている
後書きのところで次のようなことを書いている。
いのちとは、その人個人のものであろうか?もしそうであるとすれば、自分で自分の死を決めてよいものであろうか?
……私は自分の経験から、それは違うと思うと思う。ひとりのいのちは多くの人々の中に分配されて存在している。分配されたいのちは、分配されたひとのものなのである。……いのちは自分だけのものではないということと、想像を絶する長さの歴史を持っていると言うことが、いのちが尊いゆえんであると思う。
| 固定リンク



最近のコメント